カテゴリ:思い出( 7 )

71歳

今日は一昨年の9月に亡くなった母の誕生日。

生きていたら71歳になります。

元気でいたら、2年前と大して変わらない感じなんじゃないかなって思う私。

年をとっておばあちゃんになった母の姿が想像できません。

毎年、こうやって亡くなった母の誕生日に母の年を数えていくのだろうけど、それでも母は亡くなった時のままの姿。

おばあちゃんになった母も見たい気がするけれど、やっぱり母はあの時のままがいいのかもしれないな。

お祝いはしてあげられなくなったけれど、お母さんの誕生日は忘れないからね。

71歳のお誕生日おめでと~☆
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by yuck_heart | 2010-07-02 07:37 | 思い出

さよなら すぅさん

RUN仲間のすぅさんが亡くなったことを今朝、お友達のrikaちゃんからのメールで知りました。
すぅさんにはしょっちゅう一緒に走ってもらい、よく一緒に飲みに行っていました。
今年のいわて銀河100kmチャレンジマラソンが終わってからは連絡はとっていなかったけれど、また春になったら一緒に走ろうと思っていたのに・・・

思えば第1回米軍三沢基地&三沢市ハーフマラソン(結局第2回はなかった)にはふたりで参加したんだったな。
先にゴールしていたすぅさんにハンバーガーを取ってきてもらったり、あれこれお世話してもらったっけ。
終わってから温泉に寄ったっけなぁ。
あれから3年ちょっと経ったのに今でもちゃんと覚えているよ。

今年は銀河の前に少しは走っておかないと・・・でも一人じゃ嫌だし・・・暇な(笑)すぅさんを誘って・・・
ってことで、一夜漬けのように一緒に走ったよね。
5月28日-1
5月28日-2
5月29日-1
5月29日-2
6月7日
6月13日 前夜祭
6月14日 スタート前(日付をクリックするとすぅさんの写真を載せた私のブログが出てきます)
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銀河の前日は前夜祭が終わってから「カーボローディング」と称してラ・タヴェルナでお食事をしたね。
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そして銀河の翌日はビストロ フェリーチェでランチをしたっけ。
すぅさんとの思い出はいっぱいあるよ。
そういえばユニホックも一緒にしたね。
本当にいろんなことを共にしてきた私たち。

来年の「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」のために春になったらまた付き合ってもらうつもりだったのに、来春は私はどうしたらいいの?
すぅさん、お願いだから戻ってきて!

明日の9時半から「しみず斎園」で火葬されるそうです。
私はrikaちゃんと行くことにしています。
本当に最期のお別れになっちゃうの?
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by yuck_heart | 2009-12-15 22:28 | 思い出

1年

9月2日・・・

今日は母の命日。

この世の終わりだと思った1年前。

親離れのできていない私は、本当にそう思った。

だけど、やるべきことがあって、それからの数日はあっという間に過ぎたような気がする。

落ち着いてからは、仕事中も母を思い出して涙がこぼれそうになったり(仕事中にごめんなさい)、家では号泣する日々だった。

あれから1年・・・

家族に支えられ、笑顔で暮らす毎日。

悩みも多いけど、元気であれば善し!

元気でいればどうにかなる!

母を亡くして、わからないことは誰に聞こう・・・と心配だったけど、妹と相談しながらどうにか日々を過ごしてきた。

小さい頃は守るべき人と思っていた妹が、いつの間にか頼れる存在になっていた。

妹がいてよかったなぁと本当に思う。

お互いに「先に死なないでね」と言い合っている(笑)

父は元気でいるけれど、日常生活については女じゃないとわからないことも多いので、やっぱり妹を頼ってしまう。

頼りにならない姉でごめん!(>warabi)

小さい頃はお兄さんがほしいと思ったものだけれど、今は妹でよかったと思うし、warabiが妹でよかったと思う。

これからも妹を頼りにしていきたい(笑)と思う。

母を亡くして悲しい気持ちは今でも1年前と同じだけど、毎日を楽しく過ごそうと思う気持ちになれてよかった。

辛いことはたくさんあるけど、前向きに生きていくよ。

だから、お母さん、見守っててね!
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by yuck_heart | 2009-09-02 18:24 | 思い出

お母さん

今日は日帰りで実家に帰ってきています。
姪が夏休みを終えて学生生活に戻るため東京へ向かいました。
いればいたで姉妹喧嘩(?)をしている妹と姪。
でも離れ離れになればまた寂しい思いをするのよね。
今日は父と妹夫婦が駅まで姪を送りに行きました。
妹はきっと涙目で帰ってくるんじゃないかな・・・

1年前の8月30日・・・
それは母が倒れた日。
土曜日でした。
午前中、rikaちゃんと走り、上京中に母からの電話で叱られるんだなんて話をしていた私。
その日の午後、妹から母が倒れて病院に運ばれたとの電話。
妹もパン教室に行っていて詳しいことがわからないので病院に行ったらまた連絡するとのこと。
倒れたといってもたいしたことはないだろうとのんびりとPCをやり、それからお洗濯を干したりしていた私。
そんな私に妹からきた電話は・・・
くも膜下出血で手の施しようがない状態だという知らせ。
2週間前のお盆のお休みで実家に帰った時は元気だったのに・・・
まさかという思いで家族と病院へ向かった。
そこにはおばたちも集まり、機械を取り付けられて寝ている母の姿。
ス~ス~と寝息を立てて寝ている姿は去年の3月に98歳で亡くなった祖母(母の母)にそっくりでした。
肌の色もよく、ただ寝ているようなのに・・・
みんなで大声で声をかける。
でも目を開けることはない。
元に戻らないと言われても、もしかしたら・・・という気持ちでいた私たち。
順番で病院に泊まることにし、その日は実家へ。

3日後・・・
私が病院に泊まりました。
4日後、朝、父と交代し、一旦実家に帰って休み、父のお昼を買ってから病院へ向かいました。
部屋に入るとお医者様と看護士さん。
てっきり回診だと思い、待合室へ行こうと思ったら・・・
母が亡くなったところ・・・そう、ドラマでよく見るあのシーン。
呆然とし涙も出ない父。

それから私は妹や夫、親戚に連絡。
この後の時間はすごく早く過ぎたような気がします。
あれから1年・・・
毎日泣いてばかりだった私も今ではすっかり落ち着きました。
母の夢を見ることも多いけど、思い出して泣くことはほとんどなくなったかな。
でも、今でも母がいたらなぁと思うことも多い。
なんて書いてたら涙が出てきちゃった。

そんな大好きな母に作ってもらったレースのコースター。
今でも大事に使っています。
昨日、庭で採れたブルーベリーを使ってクラフティを焼きました。
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ピンクのコースターが母の作ってくれたもの。
器用でなんでも作ってくれました。
教えてもらいたいことが山のようにあったのに、教えてもらえないままなのが残念。
でも、私も母みたいにいろんなことにチャレンジしてみたいな。
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by yuck_heart | 2009-08-30 17:27 | 思い出

70歳

今日は昨年9月に亡くなった母の70歳の誕生日。

去年の誕生日はおめでとうの電話をしただけで、特別プレゼントもしなかった。

プレゼントをすると必ず「いくらしたの?」と聞いて、答えない私に買ったもの以上のお金をくれるので、悪い気がしてプレゼントしなくなってしまったのでした。

だから、来年の金婚式には台湾旅行に連れて行こうと思っていたのにな。

親孝行もできないまま、母を見送った私。

後悔ばかり・・・

ここ数日、母が実は生きているという夢を続けて見ている。

生きていてほしいという気持ちからなんだろうな。

母が亡くなってちょうど10ヶ月。

亡くなった当初に比べれば母を思って泣くことはなくなったけれど、やっぱり母が恋しい。

本当は今年もおめでとうの電話をしたかったな。

天国にいる母に電話ができたらいいのにね。

話したいことがたくさんあるよ。

相談にのってもらいたいことも・・・

今日も夢で会えたらいいな。

そしたら大きな声で・・・

お誕生日、おめでと~♪

いつまでも明るく楽しいお母さんでいてね。

こう言おう。

お母さん・・・やっぱり元気なお母さんに会いたいよ。
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by yuck_heart | 2009-07-02 08:48 | 思い出

2008夏の思い出2

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お盆休み中に“ホテルシティプラザ北上”で開催された“サマーバイキング”
平山みきさんのショーもあるので、両親にチケットをプレゼントしたの。
だけど3月に98歳で亡くなった母方の祖母の初盆で、その日に母の実家に親戚が集まるということで、結局、妹とふたりで行くことになりました。
平山みきさんって今おいくつなのかしら?
すっごく脚がきれいでビックリしちゃった。
ショーはとってもよかったけれど、バイキングは・・・(ごめんなさい・・・今回はあまりよくなかったです。特にデザートは素人が作ってももっと上手なんじゃないかと思うくらいでした)
バイキングは両親の世代だと落ち着かなくて向かないなと思ったので、私たちが行って正解だったかも。
ショーが終わってから、花火を見て帰ってきました。
妹とふたりで食事に行ったのは久しぶりだったので結構楽しかった♪

花火を見ながら、来年の夏は両親を北上のみちのく芸能まつりに連れて行こうと話したの。
両親を連れて行ったのは10年近く前の1度きりだったし、母が「鬼剣舞見たいね」って言ってたから。

その母が・・・

1ヶ月前の8月30日、外出先で倒れました。
くも膜下出血でした。
手術もできない状態で機械で生かされている母と一緒にいられたのはたった4日。
9月2日の午後、付き添っていた父と交代しようと病院に着いた私が病室に入ろうとしたら、テレビのドラマでよく見るシーン・・・
お医者様と看護士さんがそばにいて「14時○○分・・・」って。
あっけない終わりでした。

倒れた朝は元気で家族を送り出し、父と外出した母。
血圧も普通で、特別悪いところもなく暮らしていました。
7月に69歳になったばかり。
2年後の金婚式には両親と私で台湾旅行に行こうと計画していたのに・・・。

やってあげようと思っていたことがたくさんありました。
それができなくなっちゃった。

たくさん泣きました。
一生分泣いたと思いました。
それなのに、今こうやって書いている間にも涙が出ます。

親離れのできていない私。
お母さんがいないとダメなのに・・・

母が亡くなり、妹とふたりで協力しながら火葬、葬儀まで頑張りました。
頑張ったけれど、褒めてくれる母はいない。

2008年の夏は楽しい思い出がたくさんあったけれど、一番悲しい思い出もできました。
今でも夢だったらいいのに・・・って思います。

GWに今春、神奈川に就職した息子①のところに両親と姪を連れて行ってきました。
横浜で食事をした時の素敵な笑顔の写真が遺影になりました。

実家に帰るとその笑顔の母の写真が私たちを迎えてくれます。
でももう声を聞くこともできないんだよね。
お母さん手作りのお料理も食べられないんだよね。
お説教されることもなくなっちゃった。
なんで、こんなに早く逝っちゃったんだろう?

ポックリ逝って、家族に迷惑をかけないようにしたいと言っていた母。
本当にそうなっちゃった。
ありがたいけど、ありがたくないよ。
迷惑かけられてもいいから、ずっとそばにいてほしかった。
そう思うんだけどな。

いつかは別れがくるのはわかっていても、あまりに突然。
割り切ったつもりだけど、やっぱりまだまだ辛い・・・
それくらい母は大事な人でした。

形はなくなってしまったけれど、私たち家族の胸の中にはいつも母がいる。
そして母も私たちを見守ってくれていると思う。
家族仲良く、元気で暮らすことが供養になるよね。
そう思って頑張ります!


母のことは書くべきじゃないのかなと思ったけれど、今の気持ちを残しておきたかったので書かせていただきました。
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by yuck_heart | 2008-09-30 23:06 | 思い出

2008夏の思い出1

c0039898_851625.jpg9月ももう今日で終わりですね。
今日は清清しいお天気で気持ちがいい♪
思わず深呼吸したくなっちゃいます。

ブログ・・・長い間お休みしていてごめんなさい。
お休みしている間にいろんなことがありました。
今日は、2008年の夏の思い出をご紹介させていただきたいと思います。

←の写真は地元の“ホテルシティプラザ北上”でのサマーバイキングが終わった後に打ち上げられた送り盆の花火。
たくさん写真を撮ったけれど、なかなかうまく撮れないものですね。
まずは夏の思い出のひとつとしてアップしてみました。

最近、趣味のお菓子作りはお休み中なのですが、そんな私にお料理教室とお菓子教室のご依頼があり、8月に2ヵ所で講師をさせていただきました。

1回目はA子ども会さま。
ピザとお豆腐を入れた白玉団子を使ったパフェ作り。
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ピザは生地をこねるのが結構大変だったみたいですが、みんな楽しそうに作ってくれました。
仕上がりは↓こんな感じ♪
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じゃ~ん!

初めてなのに上手にできたでしょ。
白玉団子のパフェもおいしくできてみんなニコニコ笑顔でした。

そして2回目は恒例になっている市の生涯学習課主催の小学生対象のお菓子教室。
担当のMさんにお手伝いいただいて午前と午後の2回、教室をやらせていただきました。
今回はマンゴープリン。
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この教室は何度かやらせていただいているので、常連さんのお子さんも多いの。
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試食をした後にラッピングをしてお持ち帰り♪
ご家族のみなさんに喜んでもらえたかな?

こんな感じで今夏も教室をやらせていただきました。
みなさんに、感謝!

そしてお盆休みには妹とシティプラザのサマーバイキングへ。
それについては次に・・・

実は・・・
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by yuck_heart | 2008-09-30 09:36 | 思い出