タグ:母 ( 2 ) タグの人気記事

最後の一個

今朝、食べたデザートはこれ↓
c0039898_17245933.jpg
亡くなった母が作った、栗で作った餡を入れた小麦饅頭。
母は小麦粉を使ったお饅頭をよく作ってくれました。
これは栗で作った餡だけど、定番の小豆の餡のものもよく作ってくれました。
多めに作って冷凍していて「yuck食べる?」って聞いて、冷凍庫から出してチンしてくれたものです。
一昨日から昨日まで実家に帰っていた私。
父がチンしてくれました。
c0039898_1729498.jpg
1個は昨日、実家で食べ、残った1個をお持ち帰りしちゃった(妹も食べたかったかも・・・)
シンプルだけど、すっごくおいしい♪
そういえば、子どもの頃、風邪を引いて食欲がない時、片栗粉とお砂糖を混ぜてお湯で溶いて火にかけてトロトロにしたものをよく作ってくれたっけ。
あれもシンプルでおいしかったなぁ。
そしてそば粉を使って、そばがきやそばかっけを作ってくれました。
にんにく醤油で食べるとおいしいんだよね。
c0039898_17324488.jpg
昭和40年代前半に炊飯器を使って蒸しパン(マーラカオみたいなもの)を作ってくれたり、エビを叩いて食パンに塗って油で揚げたものを作ってくれたり、そうそう、家庭訪問で先生がいらっしゃる時にフルーツパフェを作って出してくれたっけ。
本を見て作るわけではなく、自分で考えてチャチャッと作ってくれたの。
すっごいアイディアマンでした。
お仕事をしている時も、短時間で仕事が終わるようにと色々考えてやっていたっけ。
とにかくいつもいろんなことを考えている母でした。
きれい好きで、仕事前も帰ってきてからもとにかく働きづめ。
どこもかしこもきちんとしている人でした。
は母似できちんとしているけど、私は・・・
でも、明るいところは母に似たんじゃないかな。

このお饅頭が母が作ったものの最後の1個。
もう母の作ったものが食べられない・・・
って思ったら、すっごくしょっぱくなっちゃった。
このお饅頭の作り方は習っていなかったので、再現は厳しいかな。
でも、いつかは作ってみたい!

お母さん、すっごくおいしかったよ。ありがとう!
[PR]

by yuck_heart | 2008-10-06 17:44 | お菓子

2008夏の思い出2

c0039898_22184549.jpg

お盆休み中に“ホテルシティプラザ北上”で開催された“サマーバイキング”
平山みきさんのショーもあるので、両親にチケットをプレゼントしたの。
だけど3月に98歳で亡くなった母方の祖母の初盆で、その日に母の実家に親戚が集まるということで、結局、妹とふたりで行くことになりました。
平山みきさんって今おいくつなのかしら?
すっごく脚がきれいでビックリしちゃった。
ショーはとってもよかったけれど、バイキングは・・・(ごめんなさい・・・今回はあまりよくなかったです。特にデザートは素人が作ってももっと上手なんじゃないかと思うくらいでした)
バイキングは両親の世代だと落ち着かなくて向かないなと思ったので、私たちが行って正解だったかも。
ショーが終わってから、花火を見て帰ってきました。
妹とふたりで食事に行ったのは久しぶりだったので結構楽しかった♪

花火を見ながら、来年の夏は両親を北上のみちのく芸能まつりに連れて行こうと話したの。
両親を連れて行ったのは10年近く前の1度きりだったし、母が「鬼剣舞見たいね」って言ってたから。

その母が・・・

1ヶ月前の8月30日、外出先で倒れました。
くも膜下出血でした。
手術もできない状態で機械で生かされている母と一緒にいられたのはたった4日。
9月2日の午後、付き添っていた父と交代しようと病院に着いた私が病室に入ろうとしたら、テレビのドラマでよく見るシーン・・・
お医者様と看護士さんがそばにいて「14時○○分・・・」って。
あっけない終わりでした。

倒れた朝は元気で家族を送り出し、父と外出した母。
血圧も普通で、特別悪いところもなく暮らしていました。
7月に69歳になったばかり。
2年後の金婚式には両親と私で台湾旅行に行こうと計画していたのに・・・。

やってあげようと思っていたことがたくさんありました。
それができなくなっちゃった。

たくさん泣きました。
一生分泣いたと思いました。
それなのに、今こうやって書いている間にも涙が出ます。

親離れのできていない私。
お母さんがいないとダメなのに・・・

母が亡くなり、妹とふたりで協力しながら火葬、葬儀まで頑張りました。
頑張ったけれど、褒めてくれる母はいない。

2008年の夏は楽しい思い出がたくさんあったけれど、一番悲しい思い出もできました。
今でも夢だったらいいのに・・・って思います。

GWに今春、神奈川に就職した息子①のところに両親と姪を連れて行ってきました。
横浜で食事をした時の素敵な笑顔の写真が遺影になりました。

実家に帰るとその笑顔の母の写真が私たちを迎えてくれます。
でももう声を聞くこともできないんだよね。
お母さん手作りのお料理も食べられないんだよね。
お説教されることもなくなっちゃった。
なんで、こんなに早く逝っちゃったんだろう?

ポックリ逝って、家族に迷惑をかけないようにしたいと言っていた母。
本当にそうなっちゃった。
ありがたいけど、ありがたくないよ。
迷惑かけられてもいいから、ずっとそばにいてほしかった。
そう思うんだけどな。

いつかは別れがくるのはわかっていても、あまりに突然。
割り切ったつもりだけど、やっぱりまだまだ辛い・・・
それくらい母は大事な人でした。

形はなくなってしまったけれど、私たち家族の胸の中にはいつも母がいる。
そして母も私たちを見守ってくれていると思う。
家族仲良く、元気で暮らすことが供養になるよね。
そう思って頑張ります!


母のことは書くべきじゃないのかなと思ったけれど、今の気持ちを残しておきたかったので書かせていただきました。
[PR]

by yuck_heart | 2008-09-30 23:06 | 思い出